液冷の水漏れと、雨ざらしの高圧ケーブル — 北極圏のAIデータセンターが半年遅れた理由
北極圏のすぐ北で、何が起きているのか
ノルウェー北部、北極圏のすぐ北にあるフィヨルドの村グロムフィヨルド。ここで、英国の新興AIクラウド企業 Nscale(エヌスケール) が、AIデータセンターを建てています。報道によれば、顧客は TikTok を運営する ByteDance です。Nscale 自身が「旗艦拠点」と呼ぶ施設です。
ブルームバーグが10月15〜16日に報じた内容をまとめると、次のようになります(関係者や公的な記録に基づく報道)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 遅れ | 予定より約6カ月遅れ |
| 稼働 | 計画 30MW のうち、動いているのは 6.4MW |
| 液冷の水漏れ | 配管のシール材(継ぎ目をふさぐ材料)の不良とフィルターの不具合で、水漏れがくり返し発生。床に冷却液が見つかり、サーバーの列を何度も止めた |
| 冷却システムの入れ替え | 2026年6月にシステムを入れ替え。しかし9月に作業ミスで再び大きな水漏れ |
| 火災 | 2025年12月に火災。ノルウェーの市民保護局(DSB)が調査し、約6カ月屋外に置かれていた高圧ケーブルが、電気を通したときに故障したとされる。発生したアーク(放電の火花)で金属が溶け、覆われていなかった断熱パネルに燃え移った |
| 安全上の違反 | DSB は10件の安全違反を指摘。その中には、むき出しの高圧機器が接地(アース)されていなかったことも含まれる。Nscale は是正し、9月に調査は終了 |
| 作業員 | 労働時間の長さや訓練不足を訴える声があったと報道。作業員を泊めるために、客室約220の「浮かぶホテル」を村まで曳航してきた |
DCD は Nscale にコメントを求めていますが、記事の時点で会社側の回答は載っていません。
背景にある「急ぐ理由」
Nscale がここまで急いでいる背景には、お金の事情があります。
- 上場を目前にしている。 9月18日にニューヨーク証券取引所への上場を申請し、評価額は最大350億ドル(約5兆円)とも報じられています
- 契約額は1,030億ドル超。 その約85%を Microsoft と Anthropic が占めるとされます
- 遅れると、お金で返す。 ブルームバーグによれば、遅れに対する違約金が「書類の上では」数百万ドル規模にのぼり、顧客にはお金を払う代わりに次の契約の条件をよくすることで対応したとされます。Anthropic との契約には、期限までに引き渡せなければ一部を違約金なしで取り消せる条項があると報じられています
- 大きな赤字。 2026年1〜6月の売上は1億4,060万ドル(前年同期の約13倍)でしたが、損失は10億2,000万ドルでした
上場の目論見書には、リスクとして「建設の遅れ」「建設現場での事故」が書かれています。グロムフィヨルドでは、そのリスクが目に見える形で出てきました。
【現場視点】何がまずかったのか、日本はどう生かすか
報道に出ている事実は限られています。ここからは、報じられた事象それぞれについて、一般的にデータセンターの現場で何が起きやすく、どう防ぐのかを、エンジニアの目で整理します。グロムフィヨルドで実際にどうだったかを断定するものではありません。
論点1:液冷の水漏れは「継ぎ目」と「ごみ」から起きる
AIサーバー向けの液冷では、サーバーの中のチップのすぐ上まで、冷却液の配管が来ています(詳しくは液冷の解説記事)。配管には、ラックごと、サーバーごとに継ぎ目が何千カ所もあります。漏れが起きやすいのは、まさにこの継ぎ目です。
報道で挙がった2つの原因は、現場の感覚からするとどちらも「よくある話」です。
- シール材の選び方:冷却液には、凍結や腐食を防ぐ薬剤が入っていることが多く、材料との相性があります。相性の悪いシール材は、時間がたつと膨らんだりやせたりして、すき間ができます。北極圏のように寒暖の差が大きい場所では、配管の伸び縮みも加わります
- フィルターの不具合:工事のときに配管の中に入った金属くずや汚れは、運転を始めると流れ出します。フィルターがうまく働かないと、ごみが継ぎ目のパッキンを傷つけたり、細い流路を詰まらせて圧力が上がったりします
防ぎ方は、地味ですが決まっています。
| 段階 | やるべきこと |
|---|---|
| 設計 | 冷却液とシール材・配管材料の相性を確認する。継ぎ目を少なくする |
| 工事のあと | 配管の中を洗い流す(フラッシング)。冷却液を入れる前に圧力をかけて漏れを確認 |
| 運転中 | 冷却液の水質を定期的に検査し、フィルターの差圧(詰まり具合)を監視する |
| 万一のとき | 床や配管の下に漏液センサーを置き、列やラック単位で止められるようにしておく |
グロムフィヨルドで「サーバーの列を止めた」というのは、裏を返せば、漏れを列の単位で閉じ込められたということでもあります。被害を小さくする仕組みは働いていた可能性があります。ただ、それがくり返し起きたことが問題です。
論点2:「作業ミス」は、液冷で増える
6月にシステムを入れ替えたあと、9月の大きな漏れは作業ミスが原因とされています。
空冷のデータセンターでは、サーバールームの中で「水を扱う作業」はほとんどありません。ところが液冷では、サーバーの増設や交換のたびに、ホールの中で配管をつないだり外したりすることになります。運転しながら、すぐ隣で水回りの工事をするようなものです。
ここで効くのは、技術よりも手順です。
- どのバルブを、どの順番で閉めるかを書いた手順書
- 作業前に閉めたバルブに札をかけて、勝手に開けられないようにする仕組み
- 2人で確認してから作業する決まり
- 液冷の作業に慣れた人を訓練してから現場に入れること
報道では、作業員の訓練不足を訴える声があったとされています。工期に追われ、慣れない作業員を大量に入れると、こうしたミスは起きやすくなります。
論点3:高圧ケーブルを「6カ月、外に置く」ということ
火災の原因とされたのは、約6カ月屋外に置かれていた高圧ケーブルです。
高圧ケーブルは、電気を通す銅線のまわりを、何層もの絶縁材で包んだものです。ケーブルの端(切り口)から水分が入ると、絶縁材が少しずつ傷みます。見た目ではほとんど分かりません。そのまま高い電圧をかけると、傷んだところで絶縁が破れて、アーク(強い放電)が起きることがあります。
日本の現場では、次のことが基本になっています。
- ケーブルの切り口にキャップをかぶせ、水が入らないようにして保管する
- 電気を通す前に、絶縁抵抗の測定や耐電圧試験をして、絶縁が傷んでいないかを確かめる
- 長く外に置いたケーブルは、とくに念入りに試験するか、切り口の部分を切り落としてから使う
さらに今回は、アークの火が覆われていなかった断熱パネルに燃え移ったとされています。工事中は、仕上げ前の材料がむき出しになっていることが多く、完成した建物よりも燃え広がりやすい状態です。
論点4:「接地されていない高圧機器」は、最も基本的な違反
DSB が指摘した10件の違反のうち、報道で具体的に挙がっているのが、むき出しの高圧機器が接地されていなかったことです。
接地(アース)は、機器が故障して金属の外側に電気が漏れたとき、その電気を地面に逃がすための仕組みです。これがないと、人が触ったときに感電します。高圧の電気設備では、法律で決められた最も基本的な安全対策の一つです。
これが守られていなかったということは、工事の品質を確かめる仕組みそのものが、工期のスピードに追いついていなかった可能性を示しています。
論点5:削られやすいのは「試運転」
4つの論点に共通するのは、どれも電気を通す前、冷却液を流す前の「確認」で見つけられた可能性が高い、ということです。
データセンターでは、完成したあと、お客様に引き渡す前に「コミッショニング(試運転・性能確認)」という工程があります。機器を1台ずつ確かめるところから始まり、最後は停電や冷却の故障をわざと起こして、建物全体が設計どおりに動くかを確認します。
この工程は、建物の工事がすべて終わってからでないとできません。そのため、工事が遅れると、しわ寄せが最後の試運転に来ます。引き渡しの期限は動かせない。違約金もある。すると、確認を急いだり、省いたりする力が働きます。
「工期を守るために試運転を削ると、結局もっと遅れる」。グロムフィヨルドは、その典型的な例に見えます。
日本への教訓:急いでいるのは、日本も同じ
日本でも、液冷を前提にしたAIデータセンターの計画が相次いでいます。大阪ではNTTとAnthropicの最大500MWの計画が報じられ、三菱商事系のKIX15も着工しました。一方で、設備工事の会社は受注が積み上がり、人手が足りない状態です。
グロムフィヨルドから学べることを、立場ごとにまとめます。
| 立場 | 確認したいこと |
|---|---|
| データセンターを建てる側 | 液冷の配管の洗浄と圧力試験、受け入れ前のケーブル・機器の保管方法、試運転の期間を工程表で守ること |
| データセンターを借りる側 | 引き渡しが遅れたときの契約条項(違約金か、解約か)、液冷の漏液対策と列単位で止められる設計か、試運転の結果報告をもらえるか |
| 工事をする側 | 液冷の作業に入る人の訓練、バルブ操作の手順書と2人確認 |
とくに「借りる側」にとって、これは他人事ではありません。AIの計算能力を借りる契約では、引き渡しの時期そのものが事業計画です。データセンターの選び方はコロケーション選定ガイドでも解説していますが、液冷の時代には、「いつ、本当に使えるのか」を確かめる質問がこれまで以上に大事になります。
まとめ
- Nscale がノルウェー・グロムフィヨルドで ByteDance 向けに建設中のAIデータセンターが約6カ月遅れ。稼働は計画30MWのうち6.4MW
- 原因として報じられたのは、液冷配管のくり返す水漏れ(シール材の不良・フィルターの不具合・作業ミス)と、約6カ月屋外に置かれた高圧ケーブルが原因とされる火災。当局は10件の安全違反(高圧機器の接地不備を含む)を指摘
- 背景には、上場、1,030億ドル超の契約、遅延時の違約金や部分解約という強い工期の圧力
- 現場の目で見ると、どれも電気を通す前・冷却液を流す前の「確認」で防げた可能性が高い。工事が遅れると、しわ寄せは最後の試運転に来る
- 液冷AIデータセンターを急いで建てる日本でも、洗浄・試験・保管・手順・試運転という地味な工程を守れるかが問われる
液冷の時代、データセンターの弱点は「新しい技術」そのものより、それを急いで組み立てるときの「確認の抜け」にあります。
※アイキャッチ画像はイメージです。グロムフィヨルドの実際の施設や、実際の水漏れの様子を写したものではありません。
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関連用語: 液冷 / DLC(直接液冷) / SLA / コロケーション / GPU
出典
- Bloomberg Law: Neocloud Nscale Beset by Delays, Angry Workers Ahead of IPO(2026年10月16日)
- Data Center Dynamics(BeBeez転載): Nscale’s Glomfjord data center delayed, site suffers leaks in cooling system and a fire(2026年10月16日)
- The Energy Mag: Nscale’s Data Center Delays Put Delivery Risks in Focus Ahead of IPO
- TokenPost: Nscale’s $103.4 Billion Contract Value Faces a Delivery Test in Norway(2026年10月16日)
- Emergent: Nscale $35B IPO Delayed by AI Data Center Construction
この記事は DCトレンド研究 が独立した第三者の立場で執筆しています。